アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国 ファンタスティック・ エキセントリック アール・ブリュットの「王」が描いた夢物語」展
ヴェルフリ展を観に行ってきたので、感想。
彼の描いた絵画たちは、音がそれに、波打つ様、彼の世界を歪めている
正直見る前は、自分は何を感じるんだろうか
少し不安を感じて居て、彼の世界を感じる事ができないんじゃないかなどと思っていた
実際に見た、それは、感動と言うより、どこか共感を覚えた
ヴェルフリの妄想は、夢の様で、彼は王国を築きそこで王にまでなった、自ら王国を讃えるポルカや行進曲を作り、自らそれをラッパで吹いて回り、王国を讃えた
自分も妄想して観る、だが、その世界に入っては辞め、現実と向き合おうとする
ヴェルフリは、夢の世界に生きて見せたのか
羨ましくもある
作品たちは、ヴェルフリの夢が溢れていた、いくらでも描く事があって
必死にそれを書き留める姿が浮かぶ
波立つ様に画面を歪める線と音符に色彩、人の顔が描かれており、それがこちらを見ている
歪んだ画面に、それが顔を出し、その顔を目で追うとファンクミュージックの様?繰り返されるリフが心地良い様な
表現が難しいが。。。。
トリップする感覚に近いような。。。
絵が溢れていた
何枚か、岡本太郎の明日への神話を思う様、絵が炸裂していた
前期の作品たちの方が好きだった
中期、晩年の作品たちは、コラージュだったり、詩だったり、ドローイングも前期の方が良かった
絵に描いてある詩だったり、文字を読めたら見え方も変わるのだろう
ヴェルフリに関しては、うんちくの様な知識を僕は、持っていないだから、間違ってるかも知らんし、言われて見たら、感じ方は変わるかもしれない
それで、OKだとも思う、なので勝手な感想である
ざっくり知っている事は、ヴェルフリが犯罪者の子供で、自身も犯罪を犯している
幼女をレイプ、それも三回も、それで精神病院に入れられている
ヘンリーダーガーも幼女を殺したんじゃないかとも言われている、真実は不明だが、
アールブリュットのアーティストは、自由に見え、その世界に魅せられるが
犯罪者の場合はどうなのだろうか?
死後だからOKなのか?、歴史に残る殺人事件を犯し、作品を作り、死ぬまで必死に描き続ければ、死後評価?
何年か前に、本を出し、ネットで作品を公開していたあいつも、死ぬまで信念?を曲げずに作り続ければ死後評価される?
200年後くらいには、釈明が認められ、キュレータやら評論家が、物語を作って、○○○○展なんてものが?
それが投資の対象になる姿は、なんとも滑稽である
想うが行き場がない
ネットで公開されたものを見た時、嫌悪を覚えた
ぐだぐだな絵たち
共感できる部分もあるのだろうが、技術もなく、メンヘラ展なんかに出ている、アングラアーティストの方がよっぽど増しな作品を出してる
ヴェルフリの様に描き続けるなら、それなりの物に到達し
犯した犯罪すらブランドになるのか
実際は分からないがそんな事を思った
作品の感動がどこかに行ってしまいそう
だが、そこは、切り離しては行けない気がした
好きと言い憎い、それは、残念ね
もしヴェルフリに会って友達にでも慣れたら、彼を知り、素直に言えるのかもしれない
精神病院の人たちは、ラッパを吹き、絵を描くヴェルフリをどう見ていたのだろう
可愛くて仕方なかったのかな
どうなのか